韓国のりの想い出

大学生のとき、とある授業の担当が、韓国人の非常勤講師の方でした。日本での研究生活が長いらしいその先生は、当時おそらく40代後半くらいの年齢で、とても美人さんで、はきはきと話す人でした。授業はこじんまりとした教室で、受講者は異様に少なくて、確か6限で…というのは覚えているのですが、その授業の科目名とか、何を勉強したかという肝心なことは全く思い出せないほどに、内容には集中できていなかったダメな私でした。それでもひとつだけ、その先生のことで、ずっと覚えていることがあります。

ある日、その授業が突然休講になりました。翌週に会った先生は「先週は休講ごめんなさい。母が亡くなって、韓国に帰っていたので、お土産です」と言って、少ない受講者に小分けになった韓国のりを配ってくれました。一瞬でも休講をラッキーと思った、前の週の自分が恥ずかしくなりました。先生は笑顔で続けました。

「母が亡くなって、すごく悲して辛かったです。でも日本に戻る日、向こうの空港で、『あ、皆さんにお土産買おう』と思って韓国のりを購入している自分がいて、なんだか可笑しくなりました。母のことで悲しくていっぱいだったのに、お土産のことを考えているんですよ。でも人ってそうやって、生きていくんですね」

それからこの先生とは一度も会っていないですが、すっと体に染み込んだこの言葉を、私は今でも韓国のりを見るたびに、悲しいことが降りかかったときに思い出しては、少し勇気づけられています。今だったら、もっと先生のいろんな話に耳を傾けられたのになと、ちょっと悔しい気持ちにもなりますが、素敵なことを教えてもらったなぁと感謝しています。雨の朝の、備忘録。

From Hem

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