帰国しました

ホーチミンを朝6時10分に出発するベトナム航空の早朝便で帰国。初めての利用。キャンペーン価格のチケットのため、選ぶこともできずこの便にしたけれど、よく考えたら4時には空港にいなければならない。ということは3時半頃には家を出るわけで、そんな時間に大家さんを叩き起こして鍵を開け閉めしてもらう度胸もなければ、真っ暗ななかでタクシーを捕まえる自信もなく、日付をまたいだ頃には大家さんに別れを告げ、かなり早めに家を出た。「次来るときも、空いていればうちに泊まってね」と言ってくれた。嬉しかった。

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深夜のタンソン二ャット空港には、全然人がおらず。電気が半分消されたカフェの片隅でパソコンをカタカタ、残務処理。ベトナムにいても、日本にいても、良くも悪くも自分は自分でしかないことを思い知らされた今回の滞在。空港で事務作業をする計画性のない私も、やっぱり私。とほほ。眠気に抗えずパソコンを閉じ、空港のベンチに横たわって仮眠。数年前までよく利用していた格安の乗継便で、待機中の上海の空港に並んだベンチの上に、エアコンの寒さに凍えながらもぐーすか寝ていた自分をふと思い出した。

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東京の自室に戻る。郵便受けがチラシや請求書や明細書でいっぱいになっていた。こんな部屋だったっけ…と、不思議な気持ちで荷ほどきをする。もっと秋の様相かと思いきや、東京はまだ暑かった。とはいえホーチミンに比べれば過ごしやすい。

東京は静かな街だと思う。バイクのクラクションも、大声でおしゃべりする人々の声も、聞こえない。毎度のことだけど、この静けさに耳が慣れるまでには時間がかかる。時差ボケならぬ、喧噪ボケ? でもきっと数日経てば、東京暮らしの感覚が戻ってきてしまう気もする。

ベトナム語を教える仕事が再開。やるべき仕事があるというのは、有り難いことだと思う。この教室では北部発音で教えることになっているため、ヤーをザーと言い、ローイをゾーイと発音する。すっかり南部発音に戻っていた自分には、かなり意識しないと難しかった。「おかえりなさい」と迎えてくれた受講者さんたちに、お土産の月餅(Bánh Trung Thu)を味見してもらった。反応が微妙だったのは、言うまでもない。

「日常に戻る」という言い方があるが、ホーチミン滞在も、東京暮らしも、どちらも私の日常であったらいいなと思う。

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9/11-12 カントーへ

研修グループで1泊2日のCần Thơ (カントー)旅。バスで揺れることホーチミンから約3時間半。3度目だけど、ひとりじゃないのは初めてだった。中部に来ている台風の影響で雨降りなカントー。思うように散策できなかったのが唯一心残りだ。

翌朝5時から船に乗り、水上マーケットへ。ベトナム語ではChợ nổi(チョ・ノ~イ)=「浮かぶ市場」と言う。売る人、買う人、暮らす人。みなメコン川の上。カンボジア発祥の米麺Hủ Tiếu(フ~・ティウ)の製造工房や果樹園も見学。

カントー出身の、陽気な船頭のおじさん。毎日朝4時に起き、夜7時には寝る暮らしを送っているという。「この仕事は儲かりますか?」の問いに「楽じゃないけど、毎日食べるご飯があるからいいんだ」。この旅で一番印象的な言葉だった。船の上で一瞬意識が飛んだ私が目を覚ますと、「疲れてるんだね」と笑われた。笑顔を絶やさないでいられるその姿が、カッコよかった。

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9/9 研修9日目~統一鉄道でドンナイへ~

ホーチミンから離れる日。ドンナイ省へ向かう。私自身が所属し、本研修のコーディネートを行っているNPO法人ARBAが、長年お付き合いを続けているカトリックの教会を訪問する。

ベンタイン市場前のバスターミナルから12番の路線バスに乗っていくこともできる(約2時間、確か2万ドン)。自分たちだけでバスを貸し切って行くこともできる(約1時間半、お金はかかる)。でもどうしても参加者の皆さんに体験してほしく、サイゴン駅から南北統一鉄道に乗っていくことにした。ベトナムを南北に縦断する鉄道。ハノイ駅までは約35時間かかる。

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お隣ビエンホア駅までの、約40分間の移動。切符はひとり3万ドン。木の椅子、エアコン付きという下から2番目のランクの車両を選択した(さらにテレビも付いていたから驚いた)。この車両には乗客が少なかったが、より下のランクの車両(木の椅子、エアコン無し)には所狭しと人が座っていた。床にゴザを敷いて眠る人の姿もあった。傍ら、あるいは網棚の上の大荷物を見ると、多くが遠方への旅行、あるいは帰省といったところだろうか。彼らは何処まで行くのだろう。

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私この列車がとても好きだ。以前サイゴン駅からハノイ駅まで旅をしたこともあった(その時の旅日記はこちら)。体力気力があるうちにもう一度、これに乗ってゆっくりあちこちを旅してみたい誘惑に駆られた。

ビエンホア駅からはチャーターしておいたバスに乗り込み、教会へ向かった。神父さんから、教会の役割、地域の特性、地域の抱える社会問題などを教えていただいた。いつでも私たちの訪問を暖かく迎えてくれる神父さんには、感謝してもしきれない。

今回伺ったお話のなかでは、近年工業団地が多くつくられているドンナイ省に、さまざまな地域から出稼ぎにやってきた若者たちを対象に、月に一回神父さんが交流会のような場を設けているというお話が、特に印象に残っている。1955年以降に北部からカトリック教徒たちが大勢移住してきたため、ドンナイ省には教会も信者さんも非常に多いが、近年、出稼ぎにやって来る若者たちは必ずしも信仰をしているわけではない。神父さん曰く、彼らは工場で働き給料を得るが、自身の生計を立てるだけでなく実家への仕送りもしているため、生活は非常に厳しい。そんな彼らを月に一回教会に集め、神父さんは彼らの悩みを聴いたり、相談に乗ったり、生きていくうえで大切なことを伝えたりしているという。地方出身者たちの間で、麻薬の服用や人工妊娠中絶といった問題が存在していることが背景にある。「教会は信仰の場であると同時に、地域住民の拠り所でもあります」と神父さんは語っていた。この教会には何度も訪れているが、いつも穏やかな安心感で満ちている。でも、この安心感を築き上げ維持していくことは、私が想像するよりもはるかに大変なことだろう。そうした日々の神父さんの取り組みを、もっと間近で見てみたいとも思った。

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9/6 研修6日目~アナウンサー?~

ビンさんとの座談会。ホーチミンの大学生たちのキャリア形成や労働観について、ご自身の会社を経営しながらキャリアアドバイザーの仕事もしているビンさんにお話を伺いました。

通訳しながらのお話の途中、不意に「アナウンサー」という単語が登場。「あれ、アナウンサーって何だっけ…」と咄嗟に出てこず。説明をしたらビンさんがその場で教えてくれました。

Phát thanh viên(ファッ・タィン・ビェン)、漢字由来で【発声員】。声を発する人、アナウンスをする人という、わかりやすい単語でした。実はビンさんがもう一つ教えてくれたのが、Bình luận viên(ビン・ルァン・ビェン)、こちらも漢字由来で【評論員】。コメンテーター、という感じでしょうか。

一日一語を増やしていけば一年で365個も単語が増える…と、言うは易しですが、日々精進します。

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9/5 研修5日目~自由とは自分に由ること~

研修グループとともにレストラン「フーンライ」を訪問。オーナー白井尋さんの経営理念や人生哲学を伺う。白井さんとは長年親しくお付き合いをさせていただいている。ホーチミンに戻ったら必ずお会いしたい人のひとり。

フーンライは孤児や貧困家庭の子どもたちをスタッフに雇用し、白井さんがサービスと英語を教えることで彼らに職業スキルを身に付けさせ、社会に送り出すというトレーニングレストラン。トレーニングではマニュアル的なスキルの教授ではなく(実際にフーンライにマニュアルは存在しないとのこと)、お客さんに丁寧に奉仕することの意義や大切さといった、仕事に取り組む姿勢や精神面でのトレーニングを重視し、スタッフはお客さんから反応をもらうことで自尊心を培う。白井さんが新しく入って来たスタッフに第一に教えることは「姿勢よく立つこと」「お客さんの様子をよく観察すること」だという。

そしてフーンライはベトナムの家庭料理を提供するレストラン。家庭での素朴な味を、観光でやって来た外国のお客さんたちに存分に味わってもらうことを目的としている。メニューに並ぶ料理は確かに特別なものはなく、どの家庭でも日常的に並ぶものばかり。だけど素材を大切にし、とても丁寧に調理されているからだろう、フーンライのお料理は、本当に美味しい(私は焼き茄子のネギ油和えが大好物)。

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この日の白井さんのお話のなかには、フーンライのこと、スタッフたちのことに限らず、私たちが一人ひとりが生きていく上での大切なエッセンスがたっぷり込められていたが、特に印象深かったのが三つ。

*自由とは、自分に由るということ

*感じたことを形容詞で終わらせない

*事象から「感じる」→なぜそうなっているかを「考える」

特に一つめの「自由とは、自分に由るということ」はその後も頭のなかをぐるぐるしている。今もまだ考えがうまくまとまらないが、フリーランスというスタイルで仕事をしている今、私は幸いにも日々「自分に由る」ということを体験している。それは言い換えれば、自分のことは自分で決められるということだ。非常に孤独で、不安で、でもだからこそ自分の価値観を大切にし、同時に他者の価値観を大切にする。自分に由るからこそまわりの協力が必要不可欠で、協働するためには他者への説明や説得が必要ということ。どれだけ忘れずに意識できているだろうか。どれだけ実践できているだろうか。

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