珈琲セミナーに参加しました

私はコーヒーが大好きで、毎日、朝昼晩と食後に必ず口にしています。自分で豆から挽いて淹れるときもあれば、インスタントで済ませてしまうときもあるし、外出先のカフェなどでいただくこともあります。けれどじゃあコーヒーに詳しいかと言われればまだまだそんなこともなく、何かしらのこだわりがあるわけでもなくて、自分好みの豆を模索したり、淹れ方を試行錯誤している最中でした。

そんなとき、先日のことですが、時々立ち寄っていた駒込の「百塔珈琲shimofuri」さん主催のコーヒーセミナーに参加する機会を得ました。いつも美味しいコーヒーをいただけて、お店もスタッフさんも素敵な雰囲気で、お気に入りの喫茶店でした(必ず「羊毛とおはな」の音楽が流れているのも好きな理由のひとつでした)。前から時々セミナーをやっているのは知っていたのですが、念願かなって参加することができました。

この日は「基礎編」ということで、コーヒーベルトのお話や、コーヒーの生産・焙煎・抽出の過程のお話、良質なコーヒーとそうではないコーヒーの違いなどを店長さんにご紹介いただいて、その後で実際にさまざまな品種の、あえてさまざまな焙煎・抽出過程を経たコーヒーを試飲しました。レクチャーのおかげで、おもしろいくらいに味の違いが分かりました!さらに温度を冷ました後に飲み比べたりもして、味の変化を楽しみました。こんなに一度にたくさんの種類のコーヒーを飲んだのはもちろん初めてで、飲み進めるにつれてだんだんと不思議な感覚に陥り、ついには自分の舌に自信が持てなくなりました(笑)一口目の印象って大切なんだなぁとも思いました。この日は一番気に入った豆をお土産に持ち帰ることができ、私はケニア産の深煎りをいただきました。帰宅後に家で飲んだらやっぱり美味しかったです。

セミナーの冒頭に、店長さんがお話していたことがとても印象的でした。

「私は『美味しいコーヒー』という言い方はしないようにしています。『美味しい』というのはとても主観的なもので、当然人によって違うからです。だから今日はコーヒー屋として『よいコーヒー』『よくないコーヒー』の紹介をしますが、それが『美味しい』かどうかは皆さん次第です。ご自分の好きな味を見つけられることが大切です。正解はありません」。

何事においてもその通りだし、そういう店長さんの姿勢を素敵だなぁと思いました。私も正解を求めるのではないコーヒーライフを、これからもっと楽しみたいです。

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ベトナム映画、まもなく公開です

8月19日より新宿武蔵野館にて、Victor Vu(ヴィクター・ヴー)監督作品のベトナム映画、『草原に黄色い花を見つける』が公開されます。ベトナムの映画が日本で公開されることは未だにかなり少ないため、これはとても貴重な機会になると、以前よりとても楽しみにしていました。

昨日はこの映画の公開を記念したイベントに参加しに、四ツ谷にあるイベントスペース、『マグノリアのカエル』さんへ行ってきました。ベトナムコーヒーやサイゴンビールを飲みながら、映画の主題歌である「Thằng Cuội(タン・クォイ)/月のクォイ」を皆で歌ってみたり、ベトナム語の歌詞内容について教えていただきました。また、日本公開に向けて撮影されたヴ―監督のインタビュー動画も見ることもでき、来週の公開がますます楽しみになってきました(ちなみに監督はアメリカ育ちのベトナム人で、現在はベトナム在住だそうです)。

ところでこの映画の原作は、Nguyễn Nhật Ánh(グェン・二ャット・アイン)さんによる小説『Tôi thấy hoa vàng trên cỏ xanh』(トイ・タイ・ホア・ヴァン・チェン・コー・サイン、「私は草原に黄色い花を見つける」)。かつてホーチミン市に暮らしていたときに買ったままになってしまっていたこの原作、これを機会にぜひ読んでみようとも思っています。

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今日のベトナム語~ものもらい

 

右目にものもらいができてしまいました。初めてではないですが、前回患ったときの記憶がないので、かなり久しぶりです。小さな粒が出現、というよりは、まぶた全体が腫れていて、まるで泣きはらした夜の翌朝か、誰かに殴られたかのような様相。ただでさえ小さな目がさらに小さくなり、鏡を見るたびにため息をつきながら、目薬をさす今日この頃…。眼科の先生曰く、暑さで人間の免疫力が低下する一方、バイ菌たちは元気になるこの時期、ものもらいの患者さんはとても多いのだとか。皆さんもお気をつけくださいませ…。

とはいえ、日頃起こらないことが起こるときは、新しい単語を覚えるチャンスと、前向きに捉えることにしています(笑)というわけで、「ものもらい」。知らなったので調べてみると、名詞で lẹo(レオ)とありました。例文としては、以下のような感じでしょうか。ネット上の情報から少々アレンジして引用します。

Mắt tôi bị lên lẹo đã một tuần mà chưa khỏi.(私の目にものもらいができて1週間が経つが、まだ治らない)

ところで、ちょっと検索してみると、lẹo 以外に chắp(チャップ:「プ」はほとんど読まない)という単語もあるらしい。これらがイコールになっている辞書もありましたが、調べてみると医学用語としては区別され、lẹo=「麦粒腫」、chắp=「霰粒腫」のようです。さて、今度は日本語が難しいぞ… ということで、こうして一つの単語をめぐる言葉の調査は続いていきます。私の母語である日本語の理解がないことには、ちゃんと訳すことはできないのだからと、自分を戒めながら。

早く右目の腫れがひくことを願いながら、こうして出会えた新しい単語を今日もまた、頭の片隅にとどめています。

【単語メモ】

mắt(マッ):目

bị lên lẹo(ビ・レン・レオ):ものもらい(麦粒腫)ができてしまう → bị (漢字は【被】)は受動態を作るために動詞の前に置き、ネガティブな受動を表す(ポジティブな受動は được を使用)。lên は動詞で「上がる」、この場合は目に lẹoものもらい)が「出現する、登場する」という意味で使われている様子。

*文 + đã(ダ~)+ 期間:この形で「(文)をしてから(期間)が経過する」の意。

một tuần(モッ・トゥアン):一週間

chưa khỏi(チュア・コ~イ):まだ治らない → chưa+動詞で「まだ~でない」という未完了の表現。 動詞 khỏi は「治る」。

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大学で授業をさせていただきました

先日、都内の某大学にて、まもなくハノイでのインターシップへと出発する大学生3名の方々に向けて、ベトナム語の授業をやらせていただきました。このインターンシップのコーディネーターさんと以前から知り合いで、そのご縁でご紹介いただきました。

2週間のハノイ滞在中、インターンシップ先では主に日本語や英語を使用するという学生の皆さんですが、「ベトナム語がどんな言語かを知ってほしい」「たとえ通じなくても、ベトナム語を使って現地の人たちに話をしてほしい」というコーディネーターさんの願いに賛同し、授業は、①ベトナム語の基礎知識(本サイトの一項目「ベトナム語を知る10のこと」に似た内容です)、②ベトナム語の簡単な挨拶やフレーズ(こんにちは、ありがとう、また会いましょう、私は…です、など)の二部構成で行いました。わずか60分、一回限りの授業でしたので、伝えられる内容に限りはありましたが、学生の皆さんは初めて見る・聞くベトナム語に悪戦苦闘しながらも、するするとたくさん吸収してくれました。初めてとは思えないくらいに発音がお上手で、びっくり。

(写真は授業で配布したプリントの一部)

相手の国を訪問するとき、その国の言語を少しでも知ってから行く。知ることのできた内容がほんの少しでも、それらを思うように使えなくても、通じなくても、知らないよりは知っていたほうがずっといい。それは一つのマナーのようなものではないかと感じますし、そして、その姿勢というものは必ず相手にわかってもらえるものであり、相手が喜んでくれるものだと私は信じています。

学生の皆さんのインターンシップが充実したものとなるように、陰ながら願っています。コーディネーターのMさん、素敵なご縁と貴重な機会をありがとうございました!

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「法廷通訳に関する研修会」に参加しました

8月1日、日本弁護士連合会が主催する「法廷通訳に関する研修会 通訳におけるメモと記憶のメカニズム」に参加してきました。→研修会の詳細はこちら

私は現在、埼玉弁護士会と東京弁護士会に通訳人登録して、弁護士さんたちがベトナム人被疑者・被告人に接見する際の通訳をさせていただいています。法廷通訳はこの範疇ではなく、私自身も経験はありませんが、今年に入ってベトナム語通訳人の入る公判を二回ほど傍聴する機会があり、大変勉強になりました。公判の傍聴自体が初めてで、審理の過程を知識としては知っていたものの、目の当たりにすることでより明確になりました。また、日頃他の人がベトナム語の通訳をする場面に出くわせることもほとんどないため、「なるほど、こういう時はこういう言い回しや振る舞いをするとスムーズなんだ…」というのを実感し、日々の自分の通訳の在り様を振り返る大変良い機会となりました。

そんな過程を経て参加することのできた、今回の研修会。メモの取り方(ノートテイキング)に重点を置いた会でしたが、それが正確で丁寧な通訳を行うためにいかに重要であるかを学ぶことができました。なかでも印象深かったのは、法廷という特別な場所で通訳する際には「言いよどみ」(日本語で言うところの、え~と、あの~、ん~、そうですね…など)も忘れずに通訳するべきだ(メモに取るべきだ)、という講師の方からのご意見。被告人が「何を話すか」はもちろん、「どのように話すか」も同じように重要であるためです。

私は通訳としての特別な訓練を受けた経験はなく、これまで実務を行うなかで学び、反省し、経験を積み、少しずつ改善・改良し、進んでました。そのため、こうした研修会はとても貴重で、これまでの自分ができていたこと・できていなかったことを振り返り、課題を把握して今後に活かしていくことができます。自己研鑽を怠ってはいけないと気持ちを新たにする一方で、これからもいろいろな研修会に参加することができたらと願っています。

【研修会でご紹介いただいた参考文献の一部】

『よくわかる逐次通訳』東京外国語大学出版社

『法廷通訳人の倫理』松柏社

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