9/3 研修3日目~フィルターになる勇気~

戦争証跡博物館と、博物館がかかわるお寺への訪問。

・博物館の館長さんからお話を聞く。主に博物館の成り立ち、来客状況、伝えたいメッセージ、ご自身の戦争体験、現代を生きる国内外の若者へ願うこと、など。隣に座らせていただき逐次通訳を行う。博物館からのメッセージとして、冒頭に館長さんが「戦争の『Tội ác』を伝えたい」と仰った。すぐに漢字由来で【罪悪】とわかったものの、そのまま「ザイアク」と言って聞く人にすんなり届くだろうかと一瞬迷い、最初は「戦争の痕跡」と訳してしまった。でも何かが違う、このままではいけないような気がする…と思いながら通訳を続けていると、再び「Tội ác」が登場。今度は「罪と悪」と訳した。ここから先も何度か出たが、「罪と悪」を選び続けた。博物館、そして館長さんが非常に大事にしている単語だと思った。人々は「罪と悪」をしっかり認識してこそ平和を希求できるのだ、とも仰っていたのが印象的だった。

・通訳を通して行われる話は、どうしても通訳者のフィルターが一枚存在することになる。通訳をしながら、私はきちんと館長さんの想いを伝えることができているのだろうか、上記のように、他にもむやみに言葉が変えてしまっていないだろうかと自問自答していた。怖かった。でも、私というフィルターをなくすことは到底できない。フィルターになるのを怖がっていては通訳はできない。通訳の仕事を始めたころ、「最良の郵便屋さんになりたい」と思っていた。でもこの日、それは違うと思った。お届け物を、こちらからあちらへと形そのまま正確に丁寧に送ることは、通訳者にはできないのだ。言語を変えるのだから、お届け物の形は必ず変わる。「フィルターになる恐怖を、フィルターになる勇気へ」。まるで何かの標語のようで恥ずかしいが、そんなことを考える機会になった。館長さんに心から感謝しています。

・お寺へ。初めて足を運ぶ場所だった。さまざまな理由から孤児になった子どもたちが200名近く暮らす施設を併設。子どもたちのなかには、障がいがある子もない子もいる。障がいのある子のなかには、枯葉剤の後遺症による障がいだと認定される、あるいは推定される子も多い(認定と推定では国から補助が出るか出ないかという大きな差がある)。ここにいるそういった枯葉剤被害者である子どもたちの写真を撮影し館内に展示している関係で、博物館は私たちのような訪問客にこのお寺を紹介しているという。確かに写真で見たことのある子どもたちがベッドに寝ている姿を見た。写真と実際とを見るのは、やはり衝撃に違いがあった。

・施設内を案内してくれた僧侶の方が、「Trẻ em khuyết tật」(障がい児)と「Trẻ em bình thường」(健常児)という単語を使っていた。共通の「Trẻ em」は「子ども」だが、後者の「bình thường」は漢字由来で【平常】、つまり「普通」とか「通常」という意味で使われる。この場合、二つの単語の比較から「健常児」と訳せばいいのかもしれない、でも私は「普通/通常の子ども」って一体何だろう…と非常に悶々としてしまった。結果「障がいのない子ども」という訳語を当てた。これでよかったのか、やはりわからない。ニュアンスを変えてしまっているようにも思う。明らかに私という人間の好みというか、常日頃から「普通」という単語を嫌う傾向が介在していることを自覚した。ひとこと、「ベトナム語では『普通の子ども』という言い方をしますが、私はあえて『障がいのない子ども』と言います」と説明をすればよかったと反省している。さしづめフィルターになる宣言、とでもいうのだろうか…。ちなみに「khuyết tật」は【欠疾】という漢字が当てはまる。日本語に訳すときは「障がい」とするのが一般的だが、やはりこれも悩ましい。ベトナム語云々ではなく、私が普段から「普通って何?障がいって何?」という問題に悶々としているからなのだと思う。

・僧侶の方が、お寺を案内しながら仏教思想やそれに基づく建物の装飾等についても軽く説明してくださった。自分の仏教への理解が乏しいために充分な通訳ができなかった。「相手の発した言葉が私で止まってしまう」という状況に自分で腹立たしかった。まるで依頼主の送った荷物が郵便局で止まってしまい、いつまで経っても送付先へお届けできないように。ベトナムへの理解、母語である日本語への深い理解、そして、教養。努力を惜しんではならないと自戒した。

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この日唯一撮影したお寺の写真。自分の通訳にひっかかりを覚えたことは、ずっと頭にこびりついて離れない。でも、これを生業としているのだから、そうしたひっかかりを忘れずに、糧にして生きていくしかない。そう思う。

From Hem

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