トゥアン父さんのベトナムごはん

以前よりSNSを通して知っていて、いつか行ってみたいなと気になっていた、花小金井のベトナム料理店「コムトゥアン」さん。先日ひょんなことからお伺いする機会に恵まれて、行ってきました。

オーナーであるトゥアン(Tuan)さんの作る家庭的なベトナムごはんはどれも本当に美味しくて、なかでも揚げ春巻きは「東京でこんなに美味しい揚げ春巻きを食べたことがあったかしら」と思ってしまったほど。

ちょうど日本にいらしていたトゥアンさんのご両親や、そのご両親を訪ねていらしたご友人の皆様といろいろお話でき、楽しく幸せな時間を共有させていただきました。素敵なご縁に感謝しています。ありがとうございました。

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「サンシャワー/東南アジアの現代美術展」

森美術館と新国立美術館で同時開催中の「サンシャワー/東南アジアの現代美術展」を見に行ってきました。この日は森美術館のみ。とても楽しみにしていた展覧会だったのですが、期待以上の素晴らしさでした。

インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス(五十音順)の現代芸術家たちの作品が多数集まっており、絵画、写真、彫刻、インスタレーションと、その表現方法もさまざま。どの国のどの作品も、各地の伝統や信仰をリスペクトしながら奇抜で画期的で、メッセージを伝えたいという強い思いで溢れていて。こんな風に作品ひとつひとつの前にじっと立ち止まって鑑賞した展覧会は、私には久しぶりでした。全作品写真撮影が自由だったので、印象深かったものをいくつか記録しておきます。

鑑賞しながらふと、今ここに並ぶ芸術家さんたちの作品は、たとえば一年後に彼らが再び模索した際には、なにかしら異なる形で登場するのではないか…と考えました。それは発展途上という意味ではなく、すでに素晴らしい形で完成しているものの、それぞれの作品には何とも言えない儚さとか、一方でたくましく変わってゆく自由さとか、漠然とした言い方ですが、そんなことをありありと感じたのです。作品の「これから」に思いを馳せることのできた、不思議で貴重な体験でした。開催中にもう一つの、新国立美術館のほうもぜひ見に行きたいと思っています。

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今日のベトナム語~水を飲んで源を思い出す

ベトナム語のことわざに、Uống nước nhớ nguồn.(ウオン・ヌォック・ニョー・グォン)というものがあります。私はこれがとても好きで、以前より心に留めていたのですが、最近強烈に思い出すきっかけがあり、そのことを以下に綴ってみます。ことわざの意味も後述。

皆様は『重版出来』というドラマをご存知でしょうか。私はこのドラマが大好きで、2016年の放送時は毎週泣きながら見ていました。出版社を舞台に、漫画雑誌の新人編集者を主人公としたお仕事ドラマなのですが、漫画家、編集者、営業、書店員、漫画家のアシスタント、装丁作家…と、漫画作品にたずさわるさまざまな立場の人に毎回スポットが当たって、一冊の漫画が読者の手に届くまでの長く険しくも、尊い過程が丁寧に描かれています。私は出版業界にいるわけじゃないけれど、言葉や書物にかかわる端くれとして、社会のなかで生きている人間として、共感できたり励まされたりするポイントがたくさんあって、本当に素敵なお話だと感じながら楽しく視聴していました。副編集長役のオダギリジョーさんがたまらなく格好良かったというのも、こっそり書いておきます。

そんな『重版出来』が、最近アマゾンプライムビデオのドラマリストのなかに登場していることに気づき、プライム会員の私は歓喜! 毎日一話ずつ見返しては、内容を知っているにもかかわらず再び涙を流す…そんなハッピーな今日この頃なのですが、最終話で重鎮の三蔵山先生が、弟子で新人漫画家の中田君に語った台詞を聞いて、不意に上述のことわざを思い出したのです。三蔵山先生は、奥様が中田君のために作って差し出したおにぎりを前にこんな話をします。

「ねえ中田君、このおにぎりを一個作るのに、どれだけの水が使われているか知っていますか? 米作りから考えると、270リットルもの水が必要です。それをバーチャルウォーターと呼ぶそうです。最近ネットで知りました。その水にほとんどの人が気づかない。ですが見えない水を想像したほうが世界は広がる。私もまだまだ知らないことだらけです。中田君。君が思っているよりずっと、世界は広いよ」(ドラマ『重版出来』最終話より)

これはまさに Uống nước nhớ nguồn. のことじゃないかと。言いたい内容も比喩で水を使っている点も同じで、私の好きなベトナム語の一文が、これまた好きな物語にリンクしてさらに感動するという。その結果、こうしてやや興奮気味にブログを書いています。

ことわざの意味を見てみます。Uống は動詞「飲む」、nước は名詞「水」、nhớ は動詞「思い出す」、nguồn は名詞「源」(ここでは「水源」のことかと思います)。つまりこの一文は「水を飲んで源を思い出す」と訳すことができて、「自分が今手にしているモノ・コト(例:飲み水)にはすべてルーツ(例:水源)があり、手に届くまでには多くの人がかかわった長い道のりがあって、そのことに想いを馳せよう、恩恵を知ろう」という意味になります(ベトナム語辞典を頼りにしながらの解説です)。先のバーチャルウォーターのお話はこれとよく重なっていて、『重版出来』という物語が全体を通して言いたいことが詰まっているような、最終話にふさわしいエピソードだと感じた次第でした。

私はつい調子に乗って、今ある自分の状況を、得ることのできた経験を、自分自身の力で何でも獲得したような気持ちになってしまうことがあります。そんなことのないように日々戒めているつもりでも、ふとした瞬間にニョキッと現れる思い上がった嫌な自分がいて、恥ずかしくなったり情けなくなったり…。きっとこれからもその繰り返しなのだとは思うのですが、その度に自分に言い聞かせたい言葉として、先のことわざを覚えていたのでした。自分ひとりでできることなんて何もなく、多くの誰かの時間と労力と思いのおかげで私は今ここに生きている。水を飲むたびに水源を思い出せるような、いつでもそんな心を持った自分でありたいと、大好きなドラマを見ながら再び思いました。

もしも『重版出来』を見られる環境の方がいらっしゃったら、ぜひチェックしてみてください。そのときにふと、このことわざも思い出していただけたら嬉しいです。

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司法通訳技能検定を受けてきました

10月7日(土)に「2017年度・司法通訳技能検定」を受けてきました。一般社団法人日本司法通訳士連合が主催している検定試験で、接見通訳・法廷通訳を想定した内容です。複数の言語が試験対象になっているのですが、今年はベトナム語が登場しており(過去に試験対象になったこともあるそうなのですが、今年は久しぶりに再登場したようです)、ただでさえ希少なベトナム語の試験を受けてみたかったのと、私自身普段のお仕事で接見通訳にたずさわっているという関連性もあり、3・4級に初挑戦してきました。ちなみに同じ級での受験者は全言語あわせて40名ほどいて、うち7名がベトナム語でした(多さに驚きです)。

試験は、法律問題が90分、言語問題が60分、リスニング問題が60分という三部構成でした。法律問題は法律の知識を問うものでオール日本語でしたが、言語問題は法律用語や刑事事件に関する短い文章の翻訳問題で、私の場合は日本語⇔ベトナム語の双方向を行いました。リスニング問題は非常に実務的で、接見室での弁護士(日本語)と被疑者(私の場合はベトナム語)の一連のやりとりを一文ずつ交互に聞き、その場で通訳をするようなイメージで日本語はベトナム語へ、ベトナム語は日本語へと翻訳して書き取るものでした(全50問)。同じ部屋で英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語などの方々も同時受験していたため、それぞれヘッドフォンを装着して受験しました。法律の専門家ではない私にとっては最初の法律問題が本当に難しくて、なかなか正解を選べなかったように思います。翻訳問題とリスニング問題もとても簡単とは言えず、結果はどうなることやら…です。

それでも、結果にかかわらず、こうして時々ベトナム語関連の試験を受けられるのは、自分のスキルを振り返る非常に良い機会となります。そしてその度にまだまだだ…と反省することになるのですが、それをこれからのモチベーションへとつなげて、引き続き精進していけたらと思っています。

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映画「草原に黄色い花を見つける」

以前ここでもご紹介したベトナム映画「草原に黄色い花を見つける」(原題はTôi thấy hoa vàng trên cỏ xanh)を先日、新宿武蔵野館で観てきました。

感想は… 率直に言ってとっても良かったです。舞台となっているフーイェン(Phú Yên)の美しい情景も、穏やかに繊細に進んでゆく物語も、主要三人の俳優さんたちの演技も(あえて子役とは呼びません!)、そして一度聴いたら忘れがたい音楽も。どれも本当に素敵で、私のなかでベトナム映画の印象がまた一つ、色濃く印象づけられました。

物語のなかには、もどかしく苦しくなる場面も。弟のトゥオンととても仲の良い兄のティエウ。けれど秘かに恋心を抱く女の子ムーンとトゥオンが急接近するのを見ていられず、トゥオンにひどいことをしてしまいます。嫉妬と後悔に苛まれながら毎日を過ごすティエウは、口数こそ多くないけれど感情がその都度表情にあらわれて、見ているこちらを切なくさせます。新宿武蔵野館で手にしたチラシには著名人たちのコメントが寄せられていましたが、声優の日高のり子さんのそれにとても共感しました。

「子どもの頃を思い出して切ない気持ちになった。未熟ゆえに人を傷つけてしまったこと。大人に理解されずに悲しかったこと。でもそんな経験が子どもを大人にしてくれる。ラストのティエウの微笑みが、そう教えてくれました」(日高のり子さんコメント、映画チラシより)

ベトナム映画が、これから先も日本に紹介されることを心から願っています。

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