3月後半、まだ桜もそんなに咲いていなかった頃。友人で留学生のベトナム人Hちゃんと一緒に、東京・六義園に行ってきました。六義園では名物のしだれ桜がすでに花を咲かせていて、休日だったこともあって多くの人で賑わっていました。
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Hちゃんとは、私がホーチミン暮らしの2年目頃から通っていた、近所のヨガ教室で知り合いました。
地元の女性が集うヨガ教室で、先生も当然ながらベトナム人。日常会話はなんとかなっていた私でしたが、教室では「hít – thở」(吸って・吐いて)くらいしか聞き取れず、あとは見よう見まねでなんとかポーズをとってやり過ごしていましたが、(ヨガのベトナム語全然わからないなぁ…)と思っていたある日のレッスン後に、「あなたは日本人ですか?」と日本語で話しかけてきてくれたのが同じレッスンでよく見かけていたHちゃんでした。すらっとした細身で、いつも必ず一列目に位置してきれいにポーズを取る人だったので、印象に残っていました。
市内の日本語学校に通って数年経つというHちゃんは、会社の就業後に週3回、熱心にヨガにも通っていて、それからレッスンで顔を合わせる度によく話すようになり、親しくなっていきました。あるときHちゃんは、ヨガで先生がいつも使う単語をレッスンの流れに合わせてリストアップし、日本語を添えて私に渡してくれました。「私の日本語はまだあまり上手じゃないです」と謙遜しながらも、それはしっかり意味のわかる素晴らしい日本語でした。私は彼女の親切が本当にうれしくて、それから時々ヨガ教室以外でも、一緒にランチをしたりお茶をしたりと遊ぶ仲になりました。彼女の家に招待され、ご両親や妹さんと食卓を囲ませてもらったこともありました。北部出身のご両親のベトナム語は、南部発音に慣れてしまった私には若干聞き取りづらかったのですが、私が困った顔をするたびにHちゃんが日本語で助けてくれました。
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そんなHちゃんは、2015年4月から東京の日本語学校に語学留学にやってきました。すでに日本語力は高い彼女でしたが、「どうしても一度日本での生活を経験したいです」という想いから留学を決意したということでした。東京でも彼女とはときどき会って、お互いの近況を話したりしていました。会う度に彼女の日本語がさらに上手になっているのがよくわかりました。
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2016年3月末、Hちゃんはホーチミンに帰ることになりました。もともと語学留学は一年間の予定だったので、満期を迎えて予定通りの帰国です。でも一年前に東京で彼女に会ったときには、「もし日本で就職口が見つかれば残るかもしれない、日本でも働いてみたい」と言っていたので、彼女が帰国という決断を話してくれたときに私は少しだけ驚き、理由を聞きました。するとHちゃんは「東京に来て本当によかった。いい経験ができました。でも、心はいつもベトナムの家族のところに向いていました。自分の部屋に帰りたいです。東京の寮生活はやっぱり、さみしかったです」と言いました。
最後の東京散歩にと、六義園のしだれ桜を見に行きました。どちらかというと静かで、落ち着いた印象のある彼女が「さーくーらーーー!」と大声を出してはしゃぐ姿を見ながら、私は不意に、東京で彼女に何をしてあげることができただろうかと考えてしまいました。彼女がホーチミンにいる間に私にしてくれたことに比べれば、私は何にもできなかったんじゃないかと、悔やむ気持ちがどんどん湧いてきました。
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彼女がいよいよ帰国する3月末の日、Hちゃんの寮から羽田空港までの荷物運びを手伝いに行きました。大きなトランクが二個あり、一人一個持ったとしても「最寄り駅まで歩くのは大変だよね」と話していたら、彼女の寮の管理人さんが2つほど先の駅まで車で送ってくれました。羽田空港までの電車は空いていて、モノレールへの接続も抜群のタイミング。モノレールの車内では、トランク運びに困っているHちゃんを、近くにいた男性が手助けしてくれました。
私が「今日ラッキーなことが多いのは、Hちゃんの日頃の行いがいいからだね」と言うと、「それはどういう意味ですか?」と聞かれ、説明しました。私が東京で彼女に教える最後の日本語のフレーズになりました。Hちゃんは私の説明に納得して、「日頃の行いがいい人になりたいです」と笑いました。
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私はこれからもホーチミンに行きたいと思っているし、彼女もきっとまた東京に来るチャンスはある人のように思います。羽田空港でラーメンを食べ、抹茶アイスを食べ、お煎餅のお土産を買い、搭乗口に向かうまでの時間を満喫した私たちは、「また会えるね、すぐ会える気がするね」と言い合って別れました。不思議とさみしさはなくて、お互い健やかな気持ちでいられたように私には思います。
翌日Hちゃんからは「無事にホーチミンに戻りましたよ、暑いよ」というメッセージが届きました。きっと彼女はいま、久しぶりの家族との時間を楽しく過ごしていることと思います。一年ぶりに乗るバイクにオロオロしながら、街に繰り出しているかもしれません。「帰ったらすぐ日系企業の採用面接があるんです」と言っていたHちゃんに、次に会うときには、私も元気で、たくさんのいい報告ができるように過ごしたいなと思っています。日頃の行いを、大切にしながら。
(センチメンタル日記)
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