※本記事は、2026年1月26日に note にて公開した記事を、試しにサイト内へと転載しているものです。
我が子の通う保育園に、ひとり、ベトナムのお子さんがいます。私よりずっと若いであろうママさんは、日本暮らしがそれなりに長く、先生たちとは日本語で会話されているのですが、初対面のときに自己紹介をして以来、私とはベトナム語で話してくれるようになりました。
クラスが違うこと、送迎の時間がズレているらしいことから、そんなに頻繁には会えませんし、会ったとしてもお互いに子から目を離せず、ゆっくり会話を楽しむ時間はないのですが、先日、園の催しがあり、親たちの滞在時間が長かったので、彼女ともいつもより少し長く話すことができました。
帰り際、彼女がとある話を私にしてくれて、意見を求められるという場面がありました。でも、その質問に対して、私はスムーズに答えることができませんでした。それは私のベトナム語能力の問題以前に、突然のその質問に対して心の準備ができておらず、意見がまとまらなかったからなのですが、きちんと答えたいと思い、後であらためて連絡する旨を伝えて別れました。その後、家のことで少し慌ただしかったため、考えを整理して、彼女にやや長めのメッセージを送れたのは、翌々日のことでした。
送信後、私はいつもこうだなぁ、と、自分の瞬発力のなさを情けなく思いました。日本語同士の会話でもそうです。ある問いに対して、スッと答えたいのに、自分の意見を見つけるために脳内でぐるぐるしてしまって、やっと言葉が口から出てくるときには、もう相手の興味やグループの話題は別のところへ進んでいる、そんなことがしばしばあります。
ベトナム語での会話となるとさらにテンポが遅いのは、非ネイティブ話者としては仕方ないと思うのですが、あの時あの場所で答えることができたなら、彼女はもう少し気楽な気持ちで帰路につけたかもしれないのに、と思いました。会話の瞬発力やスピード感というのは、人それぞれの性質による部分が大きいですし、もちろんその時の話題次第でもありますが、数をこなすことで鍛えられる側面も、ある程度はあるような気がします。そういえば、普段一人で仕事をすることの多い私は、日頃から人とどれだけの会話をしているだろうか、会話の際の勘のようなものが近年は鈍っていないだろうか…と、また別のことで頭がぐるぐるしてきてしまいました。
そんなとき、彼女からの返信が。返信早い!と、そのスピード感に憧れつつ、開いてみると、以下のような内容が書かれていました。
こういう時にも “lắng nghe” って使えるんだぁという発見と、私の遅い回答(しかも長文)を受け止めてくれた彼女の優しさに、妙にじーんと来てしまいました。
“lắng nghe” を辞書で引くと、以下のように紹介されています。
☟『五味版学習者用ベトナム語辞典 増補改訂版』
☟『詳解ベトナム語辞典』
☟オンライン辞書『Tratu』
ところで、”nghe” は「聞く」だけど、”lắng” って何だっけ?と、今度はこちらを単独で引いてみました。
☟オンライン辞書『Tratu』より
☟『詳解ベトナム語辞典』
簡単にまとめれば、”lắng” 単独では「沈む / 静まる」といった感じでしょうか。そうか、二つの動詞が組み合わさった “lắng nghe” は、つまり、「落ち着いて聞く」⇒「耳を傾ける」「傾聴する」という意味なんだと腑に落ちました。”lắng nghe” と言えば、五味先生の解説にもあるように、私の中では「Xin cảm ơn các bạn đã chú ý lắng nghe. ご清聴ありがとうございました」が代表格だったのですが、今回、そのコアな意味をより深く味わうことができました。
私は「どう答えるか」ばかりを気にしていたけれど、もしかしたら彼女は「(自分の話を私が)どう聞いていたか」を見てくれたのかなと、非常に都合のいい、楽観的な解釈ではありますが、じーんと来たのはこの点でした。
その後、少しのやりとりが続いたのですが、出先から急いでスマホを打っているらしい彼女は、省略形全開のメッセージをポンポン送ってきてくれました。若者言葉は私の苦手分野ど真ん中で、今、別の意味でまた頭を抱えています。
以上
