※以下は、2026年1月31日にnoteに公開した記事を、本サイト内に転載したものです。
先日、IT関連文書の校正をしている過程で、「脅威」を “mối đe dọa” と訳しているのを見ました。以前より見かける表現で、少しネット検索をしてみても同様の表現が多数引っかかるので(例えばこちらなど)、一般的なのだろうと思います。
ところで、”mối” って類別詞だよね? どんなときに使うんだっけ?と、この機会にあらためて調べてみました。
☟詳解ベトナム語辞典
☟五味版学習者用ベトナム語辞典 増補改訂版
☟オンライン辞書 Tratu
☟現代ベトナム語の類別詞研究
うーん。わかったような、まだピンと来ないような…。人間の感情を表す語に付くのみならず、「関係」にも付くというのが不思議です(確かに mối quan hệ はよく見ますが…)。抽象的な概念に付く語なので捉え方が難しいですし、ここに来て、品詞としての問題も浮上しました。
一旦 mối から離れますが、感情に付される語としては、niềm(ポジティブな心情を表す語に付く 例:niềm vui / niềm hạnh phúc)と nỗi(ネガティブな心情を表す語に付く 例:nỗi buồn / nỗi cô đơn)が有名だと思います。これらの語を「類別詞」と判別する辞書がある一方、「名詞」に分類する辞書や論文もあります。
例えば、私がよく参照する Ngô Quang Vinh『現代ベトナム語の類別詞研究-類別詞の本質とその意味・用法』(2023)では、先行研究も踏まえながら、niềm や nỗi を「類別詞」ではなく、「感情の状態や変化過程の単位を示す名詞」と捉えています。これらが「類別詞+名詞」の構造上のルールから外れ、後続する語は動詞や形容詞だから、という理由によるものです。
では今回の mối はどうかというと、先に引用した通り、『Tratu』では「名詞」として、『五味版学習者用ベトナム語辞典』と『詳解ベトナム語辞典』では「類別詞」として扱われています。『現代ベトナム語の類別詞研究』では、P.44の脚注内で「mối は名詞の他、形容詞や動詞にも共起することができるが、この論文では名詞と共起する mối を類別詞として扱いたい」との立場を示していました。
この立場で考えると、本記事冒頭の “mối đe dọa”(脅威)は、đe dọa が「脅かす、脅す」という動詞であるため、この場合の mối を「類別詞」とは呼べないことになります。mối って何に付く類別詞だっけ?という確認の気持ちで調べ始めた語が、一連の過程を経て、「この用例では類別詞とは呼べない可能性がある」という場所に着地し、少々戸惑ってしまいました。同時に、意味として捉えにくいうえに、品詞としても複雑な立場にいる mối に対して、なんだか気の毒な(?)気持ちにもなり、引き続きこの語に注目していこうと心に決めました。また何か新たな例文を見つけたり、新たな気づきがあった際には、情報を整理できればと思います。
☆参考資料
そもそも「類別詞」って?という時は、その入り口として、VIETJOさんの記事がわかりやすく、よく参照しています。
本記事内にも何度か引用しましたが、私が類別詞の問題にぶち当たるたび、助けていただいているのはこちらです。
博士論文として、こちらからも拝読できます。
以上
